変形性膝関節症への膝軟骨再生幹細胞治療

 去年の初め頃、朝鮮日報に興味深い記事が載っていた。
韓国のサッカーナショナルチームの前監督、ガス・ヒディング氏(日韓合同ワールドカップ時の韓国ベスト4の立役者)が韓国で変形性膝関節症の手術を受け、完治したというという記事である。
 ヒディング氏は変形性膝関節症を患い、痛みのため歩くのもままならない状態であった。彼はヨーロッパ等で治療法を探していたが、根本的に治療するには人工関節手術しか方法がないと言われた。しかし、その人工関節手術を受けると、軽度のスポーツしか出来なくなるという。彼の趣味であるゴルフも楽しめなくなる可能性があるらしい。
 どうしようかと悩んでいた時、韓国サッカーナショナルチームの主治医である、ソウルジェイエス病院のソン・ジュンソプ医師から、声をかけられた。人工関節を使用せず、臍帯血由来の幹細胞治療剤を使用する膝軟骨再生手術があるという。現代の最先端医療を駆使した再生医療である。この手術であれば、人工関節より身体に負担も少なく、術後の運動制限も人工関節よりは楽なようであった。
彼は手術を決意した。
 2013年末、韓国を訪れた彼は、ソン・ジュンソップ医師のソウルジェイエス病院で、膝軟骨再生手術を受け、再びオランダへ帰って行った。

 約1年後、検査のため再び韓国にやって来た彼は、記者会見を開いた。彼は、韓国の最先端医療のおかげで、まともに歩けなかった変形性膝関節症の膝が完治したと報告し、記者団の前で走ってみせたのである。

 私の最大の趣味はスキーである。
 大学2回生の時、体育実習の出席日数が足りず、単位取得のため、信州野沢温泉でのスキー合宿に参加した。雪がめずらしい地方出身者の私は、純白の雪の世界とスキーというスポーツにすっかり魅入られてしまった。

 いろいろな趣味を嗜んできた。しかし、私のバイオリズムは3ヵ月周期なようで、新しい趣味を始めると、最初はとことん熱中するが、3ヵ月もするとだんだん熱も冷めてしまう。そして、他の趣味へと目が移ってしまうのが常であった。
 しかし、スキーは違っていた。当時、1年のうちスキーを楽しめるのは実質3ヵ月ほどしか無かった。そして、雪が無くなると、どんなにスキーをしたくてもできないのである。
 年の暮れに初スキー、だんだん飽きてくる3月の半ば頃には雪も消え、やりたくとも出来ない。残りの9か月、だんだんとまたスキーをしたくなる。どこかの国道で、”積雪のためチェーン必要”の道路案内を見ると、とたんに舞い上がり、ひたすらスキーシーズンの到来を待ち望むようになる。最高にテンションの上がった状態でスキーを再開し、また、だんだんと熱意が冷めてくる頃に雪もなくなってくる。という循環で今日までスキーを愛してきたのである。

 しかし、年齢とともに、酷使された私の右ひざは、軟骨がすり減り、スキーを長時間楽しむことが出来なくなってしまっていた。ひざは腫れあがり、力が入らなくなり、スキーを履くためのビンディングを踏むことすら出来なくなる。もちろん、ターンの中での加重も出来なくなり、スキーをコントロールする事が難しくなっていた。当時、究極のスキーと言われていた、カナダのヘリスキーにはまっていたのであるが、もちろん膝がもたず、ヘリスキーを諦めざるを得なかったことは断腸の思いであった。

 なんとかもう一度スキーを思う存分できるような方法はないかと、ヒディング監督のように、探し歩いたのであるが、日本でもヨーロッパと同様、再生医療の膝への適用は、まだまだ時間がかかり、今の所、人工関節しか道は無かった。
 過激なスポーツをしない限り、日常生活では歩くのに困難はなかったため、病院では、”人工関節はまだ早いので、もっと悪くなってから来なさい”(???)とまで言われる始末であった。

 その時、朝鮮日報の記事を見た。”これだ!!!”と一人叫んだのを覚えている。ラッキーなことに、前年に韓国へ7か月間語学留学をしており、韓国語もかなりわかるようになっていた。私はインターネットで韓国での幹細胞治療、軟骨再生手術についてとことん調べてみた。

近年、韓国の各種最先端医療技術の分野は、世界トップレベルの水準を維持、発展させている。
 また、国家主導でメディカルツーリズムを推進しており、世界各国の富裕層が韓国の最先端医療を受けるため来韓している。そして、この韓国が誇る最先端医療技術の一つが、世界初の膝軟骨再生手術である。
 この治療法は、メディカルポスト社の臍帯血由来幹細胞治療剤、カティステムを使用し、これまで不可能であった、膝軟骨を再生させるという治療法だ。
 カティステムは、新生児のへその緒から抽出した臍帯血に含まれる、間葉系幹細胞( 骨や血管、心筋などの細胞への分化機能を持つ万能細胞の一種 )を抽出、培養して作られた製品であり、すでに、韓国の国家機関である食品医薬品安全庁から認可を受け、日本でも特許を取得していた。

 当時、韓国では、すでに何千件と施術例があり、保険適用もないのに、 爆発的なブームになっていた。
 まさに、人工関節を入れるほどでもないが、痛みのため、生活に不便を感じる程度の変形性膝関節症の患者にうってつけの治療法であった。
 私は、この手術を実施している病院をインターネットからピックアップし、その中から4つの病院に問い合わせのメールを送った。

各病院から返事があったが、最終的にサムソンソウル病院に決定し、2015年5月29日、手術を受けてきたのである。

 2016年6月7日、術後1年の検査をサムソンソウル病院で受けて来た。
1年で完治すると聞いていたのであるが、私の膝はまだ痛みが残っており、手術前より悪い状態であった。まだ、少しずつ良くなってはいるが、本当に手術前より良くなるのか、不安に苛まれている。

 診察の結果、軟骨は80%程度再生しており、このぐらい再生していれば手術は成功と言えるとのことであった。しかし、やはり、不安である。痛みは、手術をした部位からでは無く、他の部位から来ていると言われたのであるが、半信半疑の状況である。もう少し時間をかけて経過を見ていきたいと思う。

 今回、私の体験をブログに載せるかどうか、かなりためらったのであるが、成功しようが、失敗しようが、この体験を記録しておく事は無駄なことではないと信じている。
 次のブログから、さらに詳細にこの手術について、記録して行きたいと思う。

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